Hope*Of*Snow in USA!!!!

ペンシルベニア大学へ進出しました。どきどき、わくわく、おろおろな毎日ですが、もうやるしかない(笑)

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ペンシルベニア大学最後の夜は
日本からの交換留学生ギャルズと
荷造りがいつ終わるか分からない散らかった私の部屋で
ランダムなことを話しながら
押され押されで必死に荷造りを終えて
徹夜で朝を迎えて、Moving Outのほかの学生にまぎれて
友達の力を借りつつ、あわただしく出て行った
(その騒動で現在も私のiシャッフルが行方不明!!!)

フィラデルフィア最後の夜は
翌日からロンドンに行く居候先の友達とともに音楽をノリノリでかけて荷造りをしたんだけど
友達が途中で体調不良と嫌気を訴えて寝ることにしたので
「私はもう少し頑張ってみよう
でも、その前にソファでちょこっと休憩・・・」
と思っていたら、そのまま寝ていた・・・
翌日は、ミスチルを聞いたらこの街を去る事実に妙に悲しさがこみ上げてきて
少し泣いたのを覚えている。
そして、ペンで出会った親友のコリアン美人に見送られながら
電車がゆっくり動き出して彼女が少しずつ遠くなっていくのをみつつ
やっぱり涙があふれてしまった

そして、NYのRyeの街での最後の夜
今、23時を過ぎてここで留学ブログ最後の記事を書いています。
留学体験記も無事に書き終え
荷造りも8割がた終わったので
あとは、明日の朝3時半にちゃんと出れるように準備をすれば良い。

いろいろあったけど

終わりよければすべて良し

この言葉の意味を痛感したなと、じみじみ思います。

絶対に、またアメリカに戻ってくるし
Ryeにも戻ってくるし、フィラデルフィアにも戻ってくる。

絶対にね☆
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Ryeにての生活。

ゆったりした時間がありすぎて、戸惑う。

一日24時間、全部自分の好きなように使える、そんな感じ。

土曜日の夜8時に到着してから
現在月曜日の夕方5時前までに外出したのは合計で2回
土曜の外食と
日曜の居候先の長女が出店しているお店の後片付けの手伝い。
たぶん、その合計時間は3時間に満たないだろうか・・・・

今日は朝の散歩に行こうと思いきや、ざーざーの大雨だったので
予定を長風呂に変更した。

こんな感じの充電期間なので自ずと今後どうするかを考えてしまう。
嫌でもね。

というわけで、あらゆる方面からやるべきことがざくざく掘れる。

主に、やらないといけないことは
就職活動と卒論で
まあ、これは嫌でもやらなきゃいけないことであり
自分の問題なんだから、プロセスはどうであれやるだろうということで
今回のブログでは端っこに寄せておこう

(でた!これぞ現実逃避!!(苦笑)

もっとお手軽な話からすると
この留学ブログをどうするか・・・ってことで。
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留学生活は終わったも同然ですが、帰国まであと6日間。
センチメンタルな気分になってしまうこと
胸がいっぱいになってしまうこと
文字にしてしまったら、その価値が下がってしまって書くのが怖いこと
もろもろの事情でブログから遠ざかっていました。

昨日、タクシーのおじちゃんに割り増しまくりのチップを払って
30thStationからアムトラックに乗って
愛着のあるフィラデルフィアの街にさよならを言いました。
だいたいの友達はもう帰ってしまったか、卒業式で忙しいかだったけど
そのあわただしい中でもはるばる駅までお見送りにきてくれた大好きな友達と
マックのソフトクリームを食べながらたわいない時間をすごしてました。

合計で80キロ以上はあると思われる荷物は駅のおじさんに頼んだおかげでかなりラクになったけど
もう一箱追加で送らないといけない可能性があるなと思います。
重みであのスーツケースが壊れるのは時間の問題です・・・・・

最後の最後までフィラデルフィアを離れる実感がなくて
すごく悲しいんだけど、まるで夢見たいで
明日起きたらまたフィラデルフィアでいつもの朝を迎える気がしてならなかった・・・
物事の終わりなんてそんなものなのかもしれない。

今は、RyeというNY郊外の街にいます。
6歳から9歳という3年半のわずかな間だけ住んでいたこの街
ここで、私は英語を文法ではなく現場からスパルタで覚え
アメリカ人の友達をつくり
またここに故郷を訪ねる感覚で戻ってきたいと思うようになった。

この街での海外経験がなければ私はおそらく留学なんて考えなかっただろうし
そもそも、英語以外の科目は高校時代まったくもってできなかったので
いまの大学にすら行くことができなかったかもしれない。
そのような意味で、この街は今の留学生活の原点といえるものがあるんだろうな。

NYといっても、この街はすごく閑静で、緑がいっぱい
車がないと最寄の駅にも行けないので
私はすごくリラックスした、まあ、言ってしまえば怠惰な時間をすごしている。
でも、このゆったりした時間は私の留学生活を振り返って、
そして名残惜しさをうまく対処して
新しい生活に向けて切り替えるための充電期間としては最高なのだと思う。

自分の中でうまい具合に、綺麗な思い出が結晶化されて
それを堪能するゆとりも持てるから。

留学生活の最後にこのRyeの街で過ごすことに決めたのは
私にとって正しい、賢い選択だったと思います。
この留学生活で私に数多くの影響を与えてくれた友達のところで居候生活をはじめ
あっという間の一週間が過ぎた
徹夜で荷造りを終えて、どすっぴんで予想されていた倍の荷物を運びこみ
「ぶっちゃけ、今日のゆきのん不細工だよ」と笑い飛ばされたのは
昨日のことのように思える

17:22のアムトラックで
NYのRyeの街へ向かう
フィラデルフィアとも当分お別れ

私が交換留学生として過ごした日々をまた繰り返すことはできないが
またいつか戻ってきて、センチメンタルジャーニーを楽しみたい

でも、口で言うほど実際は簡単じゃない
お金も時間もかかることは分かっているけど
必ずいつか実現させたいなと思いながら

合計で80キロ以上はあるんじゃないかと思われる荷物を
とりあえず5ブロックくらい先の30ThStationまで
がんばってひきずっていかないと・・・・
なんなんだろう、この気持ち。
最近とても不思議な感覚に陥る。
アイデンティティロストというわけでもないけど
異次元空間を彷徨って、落ち着く場所が見つけられない感じ。

22年間生きてきた中で、一番贅沢なランチを堪能し
久々に食べたトロの余韻を引きずりながら

強引に自分を勉強させるモードに入れた

でも、ふとした瞬間に窓の外に見える雲ひとつない空を見上げたら
自然とこの一年の留学の思い出がランダムにフラッシュバックして
自分の中での収集がつかなくなった。

この前、母と話してて思ったけど
この留学で私は多少は成長したと自分でも思う
matureとstrongのコンビネーションみたいな。

matureになったと自覚すればするほど、過去の自分が
いかに子供っぽくて、無知で、常識がなくて、どうしようもなかったかも分かり
反省、後悔、羞恥、そんなやり場のない不愉快な思いがこみ上げてきた。

そうすると人々の子供っぽい行動もたまに目に付くようになり
そうゆう他人のちょっと大人げのない行動をみて
まるで昔の自分を見ているようで、嘲笑することも苛立つこともできず
黙認してしまうことが、内心で見下していることのように思え
どうしようもない気持ちになったりする。
そんな自分はかわいくないなって。

strongになったと思うと、自信がついたと実感する
というわけでもなく
それは、強くならないとやってられなかった環境にいたからだなと思う。

日本ではありのままの自分を放出して、言いたいことを言って
ストレスもほとんどためずに毎日を過ごしていた。
アメリカに来て、改めて一人になったときに
それは、私の周りの友達に、恵まれすぎていたということに気づいた。
女ラクにしても、ゼミにしても、クラ友にしても
そして、あらゆるネットワークで知り合う人々にしても
だから、みんなからのエネルギーをもらって
曲がることもなく、にょきにょき成長していたんだと。

そして、この一年間を通して、大人になったと同時に
私は昔は当たり前のようにできていた「素直に人に甘えること」を
失っているかもしれないということに気づいた。

当初は、日本のときと同じように
誰にでも何でも話していたように思える
でも、いつからかそれは良くないと抑制するようになり
喋りすぎてしまったことを後悔するようになり
それでも誰にもいえない秘密を作ることはできず
どうやって発散させるか困っているときもあった
素直に、「話を聞くよ」と差し伸べてくれる友達の手を取ることができず
そんなわがままな自分に嫌気が指すときもあった

自分の自然100%の姿が、万国共通で通用するものだと思ってた
どの国籍にも、どの年代にも
でも、それはもちろん違った
たまたま、私が今まで属してきた組織の人間が
恐ろしいくらいに私をうまく取り込んでくれたからだったんだ。

留学後半になったら、私は人を選んでいた。
居心地のいい人とだけ一緒にいたようにも思える。
それは賢いことなのか、それとも甘えているだけなのかは分からない
ネットワークを広げるチャンスを逃して惜しいことをしたこともあるかもしれないし
ややこしいことを免れて良かったのかもしれない

時間は流れ、周りも自分も変化していく
荒波にもまれたら、人は強くなる
でも、強くなってしまうと芯に弱い部分を見せれなくなってしまう

私が帰ったら、まず何をしようかと考えたときに
社会経験を数ヶ月積んで、ストレスを多かれ少なかれ齧った友達や
就職活動を経験して、成長した後輩の中に
留学を経てよく分からないが一応タフにはなった私が
うまく溶け込めるのかどうかはすごく疑問

実は、根本的にはみんな何も変わってない
結局は、そう思って不安に思っていたことを馬鹿みたいって思うのかもしれないが。

フォンデュ鍋のホワイトとダークのチョコが綺麗に渦を巻いて
その中に、裸のイチゴを入れると
最初のうちはコーティングされたチョコは簡単に落ちるけど
時間の経過で冷めるとともに、表面で固まってしまう
そうすると、ちゃんと齧らないと中身が見えない

この一年間で、私を包むチョコレートの層はどれだけ厚くなったのだろか?
しかし、私から素直さを失ったら何が残るのだろうか?
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