Hope*Of*Snow in USA!!!!

ペンシルベニア大学へ進出しました。どきどき、わくわく、おろおろな毎日ですが、もうやるしかない(笑)

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留学生活は終わったも同然ですが、帰国まであと6日間。
センチメンタルな気分になってしまうこと
胸がいっぱいになってしまうこと
文字にしてしまったら、その価値が下がってしまって書くのが怖いこと
もろもろの事情でブログから遠ざかっていました。

昨日、タクシーのおじちゃんに割り増しまくりのチップを払って
30thStationからアムトラックに乗って
愛着のあるフィラデルフィアの街にさよならを言いました。
だいたいの友達はもう帰ってしまったか、卒業式で忙しいかだったけど
そのあわただしい中でもはるばる駅までお見送りにきてくれた大好きな友達と
マックのソフトクリームを食べながらたわいない時間をすごしてました。

合計で80キロ以上はあると思われる荷物は駅のおじさんに頼んだおかげでかなりラクになったけど
もう一箱追加で送らないといけない可能性があるなと思います。
重みであのスーツケースが壊れるのは時間の問題です・・・・・

最後の最後までフィラデルフィアを離れる実感がなくて
すごく悲しいんだけど、まるで夢見たいで
明日起きたらまたフィラデルフィアでいつもの朝を迎える気がしてならなかった・・・
物事の終わりなんてそんなものなのかもしれない。

今は、RyeというNY郊外の街にいます。
6歳から9歳という3年半のわずかな間だけ住んでいたこの街
ここで、私は英語を文法ではなく現場からスパルタで覚え
アメリカ人の友達をつくり
またここに故郷を訪ねる感覚で戻ってきたいと思うようになった。

この街での海外経験がなければ私はおそらく留学なんて考えなかっただろうし
そもそも、英語以外の科目は高校時代まったくもってできなかったので
いまの大学にすら行くことができなかったかもしれない。
そのような意味で、この街は今の留学生活の原点といえるものがあるんだろうな。

NYといっても、この街はすごく閑静で、緑がいっぱい
車がないと最寄の駅にも行けないので
私はすごくリラックスした、まあ、言ってしまえば怠惰な時間をすごしている。
でも、このゆったりした時間は私の留学生活を振り返って、
そして名残惜しさをうまく対処して
新しい生活に向けて切り替えるための充電期間としては最高なのだと思う。

自分の中でうまい具合に、綺麗な思い出が結晶化されて
それを堪能するゆとりも持てるから。

留学生活の最後にこのRyeの街で過ごすことに決めたのは
私にとって正しい、賢い選択だったと思います。
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コメント

yukinoちゃん、ちょっとびっくりしてしまったけど、私も1989-1994までRyeにいました。osborn schoolに通っていたのです。

不思議な偶然だね。
2006/05/14(日) 22:43:16 | URL | nina #-[ 編集]

ええええええ!!!めっちゃかぶってるし!私1990年から3年半とかだった気がする。Milton小学校だったんだけど・・・・ってか実はうちらどこかで会ってたりしてそうだよね。じゃあ同じ大学のあんなちゃんとか知ってたりするのかな?
まじで、世間って狭すぎる・・・・
2006/05/14(日) 22:52:49 | URL | ゆきの #-[ 編集]

なんと、留学が終わるんですね。
あっというまだったけれど得るものも、たくさんあったみたいですね。
帰国後の卒論(でしたっけ?)がんばってください。
2006/05/15(月) 00:03:22 | URL | robo #-[ 編集]

ありがとうございます!卒論のことを覚えていてくださったことにびっくりしました。RoBoさんはあとどれくらいですか?PHDだったら結構長いですよね?アメリカも住めば都ってもんだなとしみじみ思いましたが、がんばってくださいね。私もいずれは大学院留学ができたらなと思ってます。
2006/05/17(水) 23:37:48 | URL | ゆきの #-[ 編集]
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